朝倉堂
朝倉堂が建築されたのは江戸時代初期、現在では京都府の重要文化財に登録。
開山堂らと同じ時期に改築されている、建築に使われている様式は正面五間、側面三間、本瓦葺き、入母屋造り。
朝倉堂の正面に蔀戸(しとみど)を吊り、三側面に高欄つきの外縁を廻らすというつくりである。
全面白木造りで、木口のみ胡粉を塗っているのが特徴的です。
清水寺の朝倉堂が最初に建設されたのは永正7年(1510)、越前の守護大名・朝倉貞景が「法華三昧堂」として寄進した。
堂内中央の宝形造り唐様厨子(重要文化財)内に本堂同様に千手観音ら三尊を祀る。
仏足石
朝倉堂の東側にある庭には、釈尊の両足形を陰刻した仏足石が安置している。「観仏三昧経」などに仏足を拝めば無限無量で罪を消し去ってくれるといわれているところである。また豪傑武者 平景清の足形とも伝説されて、参詣者や修学旅行生たちの手で撫でられ続け、ありがたい十一種類の文様が磨り減ってきてるところにも信仰の深さ人気の深さを見ることができる。
さらに本堂西廊下には大小の鉄錫杖と鉄高下駄が置かれ、おかれている場所では清水寺の中でも力試しの人気を博している。
釈迦堂
最初に建設されたのは江戸時代初期、現在では京都府の重要文化財に指定。
昭和47年に大雨により損傷したが後の昭和50年ころに修復再建されたものを現在見ることができる。
三間四方、寄せ棟造り、桧皮葺きで、正面は二段の半蔀になる。
全体的に比較的簡単なつくりになっている建物だが、堂内奥中央部に朱漆塗り円柱の来迎柱をたて、須弥壇上に釈迦三尊を祀り、長押(なげし)、貫(ぬき)に極彩色を施し、鏡天井に遊飛する天女を彩画しているなど中には清水寺を代表するような珠玉のお宝が眠ってる。
百体地蔵堂
これがるのは釈迦堂と阿弥陀堂との間の奥にひっそりと設けられた場所に位置する。子どもを亡くした親たちが、子どもそっくりの地蔵を探しあてて崇拝を厚くし、夏の地蔵盆会に賑う。
なお釈迦堂北隣には西向き地蔵堂が建つ。
阿弥陀堂
はじめに建築されたのは江戸時代初期、今現在では京都の重要文化財に指定。
寛永8~10年に修復再建されたものを現在見ることができる、三間四方、入母屋造り、桟瓦葺き。
前面一間は広く開放して礼堂(らいどう)として、通路が広がっている。
長押(なげし)頭貫(かしらぬき)虹梁(こうりょう)蟇股(かえるまた)とぐみにはその当時の文化を色濃く残す極彩色文様が、外陣中央の天井には迦陵頻伽(かりょうびんが)が描かれていて眼福のひと時を得ることができそうだ。
内陣には丈六の阿弥陀如来坐像を安置する。
法然上人が日本最初の常行念仏を修した所で、上人像も祀っています。